COLUMN
企業の共創から生まれたキャリア支援の実践知
──6Cモデル・AIEACモデル・5つの戦術的起点──
人的資本経営やキャリアオーナーシップが声高に叫ばれる中で、すでにキャリア研修には取り組んでいる——。
受講者満足は決して悪くないものの、「研修の学びが、現場のマネジメントや配置の意思決定とどこまで結びついているのか」「自律支援が、離職や独立といったリスクとどう両立し得るのか」などに悩む人事も多いのではないでしょうか。
企業の持続的成長には、従業員一人ひとりが主体的にキャリアを描き、変化と成長を続けていく「キャリアオーナーシップ」が欠かせないといわれています。
こうした考えのもと、パーソルキャリアは企業同士が業界を越えて知見を共有し、「はたらく個人と企業の新しい関係」を探究する実践共同体「キャリアオーナーシップとはたらく未来コンソーシアム」を運営してきました。
本コンソーシアムからは、キャリアオーナーシップ経営を実現するための実践知として「3つの視点」や「6Cモデル」、「5つの戦術的起点」などの枠組みが生まれ、その成果は『はたらく未来白書 2025』として発信されています。
キャリア研修や人的資本の取り組みをすでに進めている企業は、どのようにこれらの考え方を取り入れ、持続的成長へとつなげていくべきなのでしょうか。
コンソーシアムの総合企画プロデューサーの伊藤剛氏(パーソルキャリア株式会社 ミッション共創推進部)に、その実践のポイントを聞きました。(聞き手:キャリア自律支援統括部 小川 治人)
企業が集まる「探究の場」として生まれたコンソーシアム
小川:伊藤さんは「キャリアオーナーシップとはたらく未来コンソーシアム」の設立時から関わっているそうですね。コンソーシアムはどのような背景から立ち上がったのでしょうか。
伊藤:パーソルキャリアは、2018年に『人々に「はたらく」を自分のものにする力を』というミッションを定めました。私はミッション実現に向けて施策を検討する役割を担っており、転職希望者や副業希望者の方々だけでなく、すべてのはたらく人々のキャリアオーナーシップを育む社会を創ることを目指していました。
これまでの日本において、高度成長期以降の「はたらく人のキャリア」は「会社」が守り、形作るものでした。これは、個人の自律を前提とする米国や、国や地域全体でスキルアップを支える欧州の仕組みとは対照的な日本独自の歩みと言えます。 この強固な企業主導型文化を背景に持つ日本において、一人ひとりの「キャリアオーナーシップ」を呼びかけるなら、まずはキャリアの設計図を握っている企業側の意識と仕組みを変えることから始めるのが、最も現実的で効果的なアプローチであると考え、「キャリアオーナーシップとはたらく未来コンソーシアム」設立に至りました。

小川:時期的には、経済産業省から「人材版伊藤レポート」が発表され、企業の間で人的資本経営の機運が盛り上がっていく直前のタイミングですね。
伊藤:はい。それまでにも「はたらき方改革」や「はたらきがい改革」など、企業によってさまざまな取り組みが行われていましたが、人的資本経営は多くの企業がほぼ同時期に取り組み始めました。業界や立場の異なる多様な企業が集まり、課題や対応策を共有し、体系的な形式知として整理し、社内で実装していく。そんな探究の場を通じて人的資本経営を支えたいという思いもありました。
小川:ちなみに、コンソーシアムでは「キャリアオーナーシップ」をどのように定義しているのですか?
伊藤:「はたらく個人が、自らのキャリアを主体的に意思決定し、自律的に変化と成長を続けていくために必要な意識や行動」だと定義しています。
加えて、その中心的な概念として、はたらく人が好奇心やモチベーションといった内発的動機を起点に行動し、新しいものを受容して自己変容を積み重ねる。そして自身に期待される役割を再定義(意味づけ)し、組織環境に適応しながら好循環を生み出していく。そうした変化へとつなげるための「思考と行動のプロセスそのもの」だとキャリアオーナーシップを位置づけています。
キャリアオーナーシップ経営に向けた「3つの視点」と「6Cモデル」
小川:コンソーシアムの具体的な活動内容について教えてください。
伊藤:当初は「個人と企業の新しい関係性」を探究し、その関係性を実現するための実践論を考えることからスタートしました。初年度は、同一のフォーマットのシートに、自社が行っている打ち手と狙い、効果を書き出して比較検討したり、当時カゴメでCHO(Chief Human Officer:最高人事責任者)を務めていた有沢正人さんや、一橋ビジネススクールの楠木建教授、社会経営思想家の山口周さんといった著名人をお招きする対話会などを通じて、コンソーシアムに集まった7社で探求を深めました。
2年目に入ると、参加企業から「自社の実情に即した喫緊の課題テーマについて深く考えたい」との要望が挙がり、似たような課題を抱える企業ごとに分科会を組成・運営する自律分散型の探究学習スタイルとなりました。
小川:分科会では、どのようなテーマが議論されたのでしょうか?
伊藤:扱うテーマは分科会ごとに異なります。
キャリアオーナーシップ人材の数や影響度合いを可視化したり、キャリアオーナーシップを育む組織文化の作り方を探究したり、キャリアオーナーシップを育むためのマネジメントのあり方に着目したり。さらには企業の枠を超えて連携する越境活動や、人事部門の変革について議論する分科会もあります。
各分科会は、概ね5〜6か月の期間で議論を進め、企業ごとに実践するアクションへと落とし込んでいきます。こうした2期目の知見は3期目以降にも継承され、期を重ねるごとに知見が蓄積され、取り組みがより具体的になっています。

小川:企業の状態によって、キャリア支援の進み具合や置かれている状況が違うからこそ、見えてくる悩みや課題も変わってきますよね。ある程度キャリア支援を進めてきたからこそ直面する「2周目の課題」もあるのだと感じました。キャリア研修を提供する事業側の立場として実際、「キャリア研修はやっているけれど、その次をどう設計すればいいのか」という悩みは本当に多く聞きます。
コンソーシアムでの議論と実践を経て生まれた知見は、『はたらく未来白書』として毎年共有されています。本白書では、キャリアオーナーシップ経営を推進していくために「見える」「増やす」「つなぐ」の3つの視点が重要だと繰り返し指摘していますね。
伊藤:はい。従業員のキャリアや事業貢献を可視化するという意味での「見える」、キャリアオーナーシップ人材を「増やす」、そして従業員のキャリアを経営・事業に「つなぐ」という3つの視点です。
さらにコンソーシアムでは、それぞれの視点を持って企業・組織が6つの変革領域に取り組む必要があると導き出し、これを「6Cモデル」と名づけました。

何から始めるべきか? 先進企業の事例に学ぶ「5つの戦術的起点」
小川:3つの視点と6Cモデルは非常に納得できる内容ですが、企業の現場で実践するとなると、何から始めればいいのか悩むケースもあると思います。キャリアオーナーシップ経営を実現するために、まずどこから手をつけるべきなのでしょうか?

伊藤:私たちは、キャリアオーナーシップ経営の優れた取り組みを集め、社会に発信するため、「キャリアオーナーシップ経営AWARD」を主催しています。このアワードを受賞した企業の実践事例を分析したところ、実際の変革には「制度・規律」「文化・風土」「理念・対話」「現場・包摂」「データ・技術」という5つの戦術的起点(エントリーポイント)があることがわかりました。

「制度・規律」起点は、ルールを変えて行動を変えること。ジョブ型人事制度導入のように、会社の制度そのものを変え、半ば強制的に従業員の行動を変えていく取り組みを指します。
「文化・風土」起点は、空気を変えて意識を変えることを目指します。日常的なところでは、オフィスカジュアルを導入したり、肩書きではなく「さん付け」にしたり。構造的なところでは、オフィスレイアウトを変え、役職者の部屋や席のないフリーアドレスにしたり、ダイバーシティを推進したり。カルチャー改革を徹底的に行うことで、企業に根づいている文化や風土を変えていきます。
「理念・対話」起点は、意味を変えて納得感を作る取り組みです。パーパスを掲げて事業を捉え直し、企業のパーパスと個人のパーパスを対話によって接続していくような活動が代表例です。
「現場・包摂」起点は、個人ではなく、現場の関心を変えて裾野を広げる動きです。たとえば現場業務や保守・点検など、日々のオペレーションを担う人が多い企業では、各業務がどのように価値につながっているのかを再定義していくことも重要でしょう。目の前の仕事の意義を明確に伝えるために、役員が手分けをして全従業員と車座で対話するなど、現場単位で関わることが求められます。
「データ・技術」起点は、視界を変えて気づきを与えることを指します。エンゲージメントサーベイを事業のKPIとつなげるなどして、あらゆるものを可視化。これによって根拠のない思い込みや先入観を打破し、経営陣の意思決定を促したり、現場に変化をもたらしたりすることができます。
最終的には、全てのことを実践していくわけですが、自社のビジネスモデルやフェーズに応じて、「最初の偉大な一歩」となる戦術的起点を見出すことが重要なのです。
取り組みの成果を「経営アジェンダにつながる価値創造ストーリー」で示す
小川:キャリアオーナーシップ経営の取り組みがうまくいっているのか、それともまだまだなのか。企業が判断できる指標はありますか?
伊藤:キャリアオーナーシップ経営のための特別な指標が必要なのか? これについてもコンソーシアムで議論し、指標を作って、いくつかの企業で試験的に導入してみたものの、手ごたえはあった半面、実運用では続きませんでした。理由は明確で、各社がエンゲージメントサーベイやパルスサーベイ、コンプライアンス調査など大量の社員アンケートをすでに行っており、現場の負担増につながりかねない新たな指標を導入することが現実的ではなかったからです。
そこで第5期コンソーシアムでは、各社が行っている既存のエンゲージメントサーベイの項目の中から、主体性の意識や発揮など、キャリアオーナーシップにつながる項目を抽出。各社オリジナルのキャリアオーナーシップ経営スコアを作り、事業貢献との関係性を設計しました。
スコア設計で重要なのは、「自分たちでいかに価値創造ストーリーを描くか」です。キャリアオーナーシップ人材を「見える」「増やす」「つなぐ」取り組みが、経営にとっての重要KPIにつながっている「インパクトパス」を示す必要があります。
小川:では、その価値創造ストーリーを描くには、どのようなアプローチが必要なのでしょうか?
伊藤:重要KPIと、キャリアオーナーシップスコアが紐づいていることを検証する必要があります。エンゲージメント向上がいきなり業績や株価につながるわけではありません。業績や株価につながる「経営の重要KPI」を定めることが必要です。しかし、それでもエンゲージメントやキャリアオーナーシップからは遠い。だから、「重要KPIの一つ手前の指標」と「キャリアオーナーシップ」をいかにつなげるかが大切になってきます。
たとえばある企業では、ベテランから若手への技術継承が事業の継続や売上に大きな影響を与えるリスク要因と位置付けており、安定した技術継承を経営の重要指標としていました。そこで、離職率低下とキャリアオーナーシップを紐づけ、相関があることを示したのです。エンゲージメントやキャリアオーナーシップが効くことを示すポイントは、売上やイノベーション創出だけではないのです。
小川:キャリアオーナーシップ指標は、企業ごとに経営アジェンダに応じて設定されるべきものなのですね。
伊藤:はい。そしてキャリアオーナーシップ指標は「一度作って終わり」ではありません。経営戦略の変化に応じて重要KPIや重点課題が変わるのであれば、常にアップデートし続けていかなければならないものだと考えています。
個人のキャリアオーナーシップを「組織価値の共創」へつなげる
小川:もうひとつ伊藤さんに聞きたいことがあります。はたらく個人のキャリアオーナーシップを支援することが重要なのはよくわかりました。一方で、自律的なキャリアを応援すればするほど、個人が離職や独立などの新しい道を選ぶようになるかもしれません。これは企業にとってのジレンマになりませんか? 企業の持続的成長と個人のキャリアオーナーシップを両立することは可能なのでしょうか。
伊藤:これは、多くの企業が気になっている部分だと思います。まず前提として、キャリアオーナーシップを育むことが離職に直結することはありません。パーソル総合研究所の調査によれば、キャリア自律そのものが退職要因になるのではなく、「機会提供の欠如」や「将来にわたって希望するキャリアが実現できない」という閉塞感こそが退職を誘発すると示されています。つまり、個人の自律を支える組織側の環境整備こそが重要だと言えます。そのうえで、コンソーシアムでは経営層のもつ「キャリアオーナーシップの誤解」をどのように解くかを盛んに議論してきました。その議論を通じて私たちは、キャリアオーナーシップ経営によって人が変わるプロセスとして「AIEAC(アイ・イーアック)モデル」を提唱しています。

人が変わるプロセスーAIEACモデル/
キャリアオーナーシップ経営で「人が変わるプロセス」を定義した
このモデルにおけるポイントは、従来のキャリア自律の議論や、主体的な人を増やすための組織文化作りの議論では「ACTION」(個人の主体的な行動)に包含されていた「共創」を、あえて分けて考えていることです。個人の主体的な行動が、最終的には組織価値の共創につながるのだと位置づけました。
キャリアオーナーシップを持っている人は自分勝手であり、どんどん会社を辞めてしまう。そんなネガティブなイメージを持つ人もいるかもしれません。しかし、自分勝手にも思えるような主体性が発揮されるのは、あくまでも態度変容における途中経過であったり、「つなぐ」仕組みが不十分であるから起こります。だからこそ、最終的には組織価値の共創につながるように制度設計するのです。このように考えることで、企業が抱えるジレンマを乗り越えようとしています。

小川:短期的な人員配置などでは本人の希望と衝突することもあるかもしれませんが、長期的に見れば、企業と個人が対等な関係になるのですね。このモデルでは、「価値観の共感」も重視されていますね。
伊藤:はい。組織のパーパスと個人のパーパスが、どのように共鳴し合えるのかを追求しなければならないと考えています。組織と自分のパーパスが完全に一致する個人はいないと思いますが、少し離れていたとしても、どこかで共鳴し合っている状態が必要です。
現在では多くの企業がパーパスを掲げるようになりました。それをトップ自らが発信すれば、初期段階の「認知」や「理解」には進むでしょう。「共感」についても、まず従業員に受け入れられる「総論共感」というところまでは進むと思います。「世界平和」を否定する人はいませんから。
ただ、そのゆるやかな共感を従業員の行動につなげる段階では、企業が従業員の「自分が会社のパーパスを実現しようとしている」と信じる自律的な行動をどれだけ受け入れられるかが問われます。自社のパーパスを自分なりに解釈して動いた結果、「余計なことをするな」と上司に言われてしまうようでは、本当の行動変容にはつながりません。
小川:従業員の行動を受容しなければ共創には至らないということですね。伊藤さんが指摘するように、部下がパーパスに触れる際には上司の影響が大きいと思います。上司がいかにパーパスを「自部署の言葉」で伝え、個人のパーパスにつなげられるか。現場管理職を支援する研修などの取り組みが、ますます重要になると感じました。
打ち手を知って真似てみる。人事の自ら動き続けることが組織を変える
小川:これからキャリアオーナーシップ経営を実践・発展させていきたいと考えている人事部門の方々へ、伊藤さんからメッセージをお願いします。
伊藤:キャリアオーナーシップの機運を盛り上げていくためには、まずは人事部門の方々がキャリアオーナーシップを発揮し、事業にインパクトを与えているという成功体験を持つことが大切だと考えています。自分自身がその手応えを感じないまま、「自律してほしい」と従業員にだけ呼びかけても、なかなか本質的な変化は生まれません。
現実的には、経営層や事業部門との間にそびえる壁の大きさを前に、アクションを起こすことをあきらめている人事パーソンも多いのかもしれません。それでもこの壁を乗り越えないと、何も変えられません。「経営が動いてくれないから」「現場がついてきてくれないから」と他者のせいにせず、自ら関係者を巻き込みながら動き続けることが重要です。まず小さなことから始めれば十分です。人事が小さな越境を積み重ねることで、着実にキャリアオーナーシップ経営へつながっていくはずです。
小川:コンソーシアムのような他社との交流や専門家とのディスカッションなど、新たな知見を得る行動も、自ら動き出すためには重要なのかもしれませんね。
伊藤:そう思います。幅広く学び、それをひたすら真似ることから始めてもいいのかもしれません。多様な打ち手を知ることで、自社に取り入れやすい施策を見つけることもできるでしょう。
その際には、まず人事部門内や具体的な課題を感じている部門で始めたりするなど、「特区」を作るような形で小さく動き出すことをおすすめします。小さく始めれば、仮に失敗した場合でも影響を最小限に抑えられますから。
・コンソーシアムの詳細:https://co-consortium.persol-career.co.jp/
・『はたらく未来白書』:https://co-consortium.persol-career.co.jp/report/hakusyo/index.html
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